アレな感じに
それが全てだとは言いませんが、おネエ系タレントの表現というのは、ある種、差別を受け入れ、逆にその差別に乗っかる形でなされるものです。例えば、ぼくがこのインタビューであなたに向かって突然、「アンタって頭の形が亀頭みたいでかわいいわねぇ、頭悪くても許すわ」みたいなことを言ったとしても(笑)、これがおネエ言葉であれば許されるんですね。それはなぜかっていうと前提に差別構造があるからです。そもそもゲイはおかしな人で、まっとうな市民社会からは外れた枠外だから、そんな人たちに何を言われたところで、「あぁ面白い」となれる。奇抜で、毒気のあることを言われても聞き流せるし、むしろ誰も言えないことを言葉にしてくれるからスッとする……というように、差別と治外法権がバーターになっているんです。それは両刃の剣なわけです。一方では、その表現の面白さが人々の好感を呼んだり、親しみを覚えてもらえるというプラスの面もある。一方では、差別関係を固定することもあるかもしれない。だから、これはどういう塩梅がいいか、という話しで、良いか悪いかという判断が非常に難しい。「差別に乗ってるからいかん」と言うのは簡単だが、あらゆる笑いが本質的に毒を含んでいて、また力関係の差を含んでいるとも言えるし。あえて判断するのであれば、そういう毒や差別といったものが全くないけど倫理主義が行き過ぎた社会と、少し毒はあるけど風通しの良い社会と、どっちがいいかって言われたら、ぼくは後者の方がいいって思ってます。これは危険な発言ですかね(笑)
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