【あなた色 わたし色】「性別」を考える<1>女?男? 自分です
■新訳男女 シリーズ第12部■
後悔はない。40年間、我慢してきたのだから。先月、乳房の切除手術を受けた。「やっときれいな胸になった」。うれしかった。
会社員の誠さん(45)は「やんちゃな女の子」だった。近所のおばちゃんたちは母親に「あの子はあんたのおなかにチンチンば忘れてきたばい」と言った。中学生になり、制服でスカートをはくのは嫌だったが「親のために」と目をつむった。心の隅には常に違和感がくすぶり続けた。
ある出会いが人生を変える。後に結婚するフィリピン人の「彼女」は、女性への性別適合手術を終え「私は私よ」と堂々と生きていた。自分も変わりたい。
病院で性同一性障害の診断を受け、ホルモン療法などの治療を受けた。戸籍上は女性だが、3月には戸籍の名前を「誠」に変えた。もう自分を隠すためのうそはつきたくない。自分らしく生きたい。「これからは“誠の人生”を歩みたい」
体の性と心の性が異なる人たちを一般的に「トランスジェンダー」という。体が女性に生まれて男性へと「移行」する人はFtM、逆はMtFと呼んだりする。誠さんのように性別違和が強く、医療を受ける必要性が認められ、性同一性障害と診断される人もいる。
ただし、みんなが体を変えたいわけではない。会社役員の恵美さん(52)=仮名=は見た目は「男性」だが、体は女性のまま。「情報がないまま男として生きてきたら通ってきた」。だが、関東から福岡に移ると、転職時に「戸籍が女性だからネクタイはしないでくれ」と命じられた。仕方なく外したものの「こんなの自分じゃない」と退職した。性別で自分を否定されるのは真っ平だ。
50代の光代さん=仮名=は「男になりたい」のではなく「女として見られたくない」。子どもを産む前も後も、夫との性交渉にはずっと嫌悪感があった。自分は何者か、悩み続けた。
3年前にインターネットで知ったのが「FtX」という言葉だった。100パーセント男か女か、ではない「X」という性の在り方。性愛の対象がない「無性愛」の存在も知り、もやもやがほどけていくような解放感が心に広がった。
男物のようなジャケットとパンツ姿で街を歩く。でも髪は伸ばしている。「髪は枷(かせ)みたいなもの。切ったら一気に男性に振れて戻れない気もする」。自分らしくありたい、と思うと、そんなスタイルになるのだ。
福岡市で芸術活動をしている米須(こめす)美紀さん(36)も誠さんと同じように5月、乳房の切除手術をした。
20歳のころ、母親に手紙でカミングアウト(告白)する。数日後、自分の机に母親からの手紙があった。「あなたの気持ちはよく分かりました。今の時代、偏見や差別があるかもしれないけど、何があってもあなたを全力で守ります」。涙が止まらなかった。父も弟も理解してくれている。自分は恵まれている。
先日、母と電話で話したとき「この体に産んでくれてありがとう」と伝えた。なぜこんな体なんだろう、と悩んできたけれど、この体だったからこそ今の自分があると、今なら思える。
名前を変える人がいてもいい。自分の場合は、大好きな祖母が付けてくれた名前のままで、生きる。自分らしさはそれぞれだから。
◇ ◇
男と女のみに色分けされた「二元論」から離れることで、新たな景色が見えないでしょうか。そこに立つあなたは何色ですか、そして私は…。セクシュアルマイノリティー(性的少数者)とされてきた人たちを通して、性別、性の在り方について考えてみませんか。
●多様な性の在り方
誤解されていることが多いが、セクシュアルマイノリティー(性的少数者)といわれる人たちは、趣味や嗜好(しこう)でそうしているのではない。体と心の性が一致しない、好きになる人がなぜか同性ばかり…。「私は何者か」というアイデンティティー(自己同一性)の問題であり、女と男という二元論では表せない「性の在り方」をセクシュアリティーという。
それぞれの人に、それぞれのセクシュアリティーがあり、しかも時間とともに変わり得る。それを多角的に考えるために、四つの要素で見る手法がある。(1)体の性(2)心の性(3)「男らしい」など社会的な性役割にどう対応しているか(4)性愛の対象-という観点だ。
米須さんと光代さんに自己認識を図示してもらった。図解で分かるように、性の在り方は女性と男性にはっきり二分されるのではなく、無限のグラデーション(濃淡)の中にある。それはマイノリティーであろうがなかろうが変わらない。この手法にしても「男女二元論に基づいており、多様な性を表せていない」と懐疑的な見方がある。
× ×
▼トランスジェンダー
体の性と、自分で認知する心の性(性自認)が一致しない人のこと。トランスは「超える」を意味する。性別違和の程度など基準を満たすと性同一性障害(GID)と診断される場合がある一方で「体は変えなくていい」など人によってさまざまだ。レズビアン(女性同性愛)、ゲイ(男性同性愛)、バイセクシュアル(両性愛)とともに、頭文字を取ってLGBTと称される。インターセックス(半陰陽)やアセクシュアル(無性愛)なども、総称でセクシュアルマイノリティー(性的少数者)と呼ばれたりする。
=2011/12/09付 西日本新聞朝刊=
後悔はない。40年間、我慢してきたのだから。先月、乳房の切除手術を受けた。「やっときれいな胸になった」。うれしかった。
会社員の誠さん(45)は「やんちゃな女の子」だった。近所のおばちゃんたちは母親に「あの子はあんたのおなかにチンチンば忘れてきたばい」と言った。中学生になり、制服でスカートをはくのは嫌だったが「親のために」と目をつむった。心の隅には常に違和感がくすぶり続けた。
ある出会いが人生を変える。後に結婚するフィリピン人の「彼女」は、女性への性別適合手術を終え「私は私よ」と堂々と生きていた。自分も変わりたい。
病院で性同一性障害の診断を受け、ホルモン療法などの治療を受けた。戸籍上は女性だが、3月には戸籍の名前を「誠」に変えた。もう自分を隠すためのうそはつきたくない。自分らしく生きたい。「これからは“誠の人生”を歩みたい」
体の性と心の性が異なる人たちを一般的に「トランスジェンダー」という。体が女性に生まれて男性へと「移行」する人はFtM、逆はMtFと呼んだりする。誠さんのように性別違和が強く、医療を受ける必要性が認められ、性同一性障害と診断される人もいる。
ただし、みんなが体を変えたいわけではない。会社役員の恵美さん(52)=仮名=は見た目は「男性」だが、体は女性のまま。「情報がないまま男として生きてきたら通ってきた」。だが、関東から福岡に移ると、転職時に「戸籍が女性だからネクタイはしないでくれ」と命じられた。仕方なく外したものの「こんなの自分じゃない」と退職した。性別で自分を否定されるのは真っ平だ。
50代の光代さん=仮名=は「男になりたい」のではなく「女として見られたくない」。子どもを産む前も後も、夫との性交渉にはずっと嫌悪感があった。自分は何者か、悩み続けた。
3年前にインターネットで知ったのが「FtX」という言葉だった。100パーセント男か女か、ではない「X」という性の在り方。性愛の対象がない「無性愛」の存在も知り、もやもやがほどけていくような解放感が心に広がった。

「セクシュアリティーは私の一部であって、一人の人間として人と関係を築いていきたい」と語る米須美紀さん
福岡市で芸術活動をしている米須(こめす)美紀さん(36)も誠さんと同じように5月、乳房の切除手術をした。
20歳のころ、母親に手紙でカミングアウト(告白)する。数日後、自分の机に母親からの手紙があった。「あなたの気持ちはよく分かりました。今の時代、偏見や差別があるかもしれないけど、何があってもあなたを全力で守ります」。涙が止まらなかった。父も弟も理解してくれている。自分は恵まれている。
先日、母と電話で話したとき「この体に産んでくれてありがとう」と伝えた。なぜこんな体なんだろう、と悩んできたけれど、この体だったからこそ今の自分があると、今なら思える。
名前を変える人がいてもいい。自分の場合は、大好きな祖母が付けてくれた名前のままで、生きる。自分らしさはそれぞれだから。
◇ ◇
男と女のみに色分けされた「二元論」から離れることで、新たな景色が見えないでしょうか。そこに立つあなたは何色ですか、そして私は…。セクシュアルマイノリティー(性的少数者)とされてきた人たちを通して、性別、性の在り方について考えてみませんか。
●多様な性の在り方

それぞれの人に、それぞれのセクシュアリティーがあり、しかも時間とともに変わり得る。それを多角的に考えるために、四つの要素で見る手法がある。(1)体の性(2)心の性(3)「男らしい」など社会的な性役割にどう対応しているか(4)性愛の対象-という観点だ。
米須さんと光代さんに自己認識を図示してもらった。図解で分かるように、性の在り方は女性と男性にはっきり二分されるのではなく、無限のグラデーション(濃淡)の中にある。それはマイノリティーであろうがなかろうが変わらない。この手法にしても「男女二元論に基づいており、多様な性を表せていない」と懐疑的な見方がある。
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▼トランスジェンダー
体の性と、自分で認知する心の性(性自認)が一致しない人のこと。トランスは「超える」を意味する。性別違和の程度など基準を満たすと性同一性障害(GID)と診断される場合がある一方で「体は変えなくていい」など人によってさまざまだ。レズビアン(女性同性愛)、ゲイ(男性同性愛)、バイセクシュアル(両性愛)とともに、頭文字を取ってLGBTと称される。インターセックス(半陰陽)やアセクシュアル(無性愛)なども、総称でセクシュアルマイノリティー(性的少数者)と呼ばれたりする。
=2011/12/09付 西日本新聞朝刊=